日本発スイス経由英国。日記、雑記、こころの整理整頓記。
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三角折りの謎
叔母家族と一泊二日で旅行した時。
泊まったバンガローのトイレに入るとトイレットペーパーの先が
三角に折ってあった。
欧州でもホテルなどはそうなのかも知れないがめったに
そういうところには泊まらないのでわからない。
滞在中その他いろいろな場所のトイレで三角折りを目にした。
清掃係のひとがしているのだろう、と思う。
いちいち自分が使った後でそうしている人、あまりいないのでは?
大和撫子もそこまでしなくても、良かったと思ったけど?(笑)
とにかく。今回日本でそれを見てふと思い出したことがあった。

私の父は定年まで銀行に勤めていた。支店長として富士山の近くの
とある市に2年程単身赴任していたことがあった。
社宅暮らしで週末に横浜郊外の実家に車を飛ばして帰ってくる生活。
私は中学生だったろうか。一緒に住んでいても父は仕事人間で
毎晩帰宅も遅かったし子供たちは単身赴任中もそれほど違和感なく
過ごしていたと思う。
母は行ったり来たり大変だったみたいだけど。
小さな市とはいえ都市銀行の支店長、一応街の名士として
まわりからちやほやされることも多くそのせいで父が変わってしまった、
偉そうな我侭な人になってしまったって母がこぼしていたこともある。
それまでも仕事に対するプライドは高かった人なのでそういう「更なる変化」が
父にあったとしても別に驚くことはなかったが。
母だって学歴は無かったが精一杯出世の階段を登り詰めた父のことが
誇らしかった気持ちの方が大きかったと思うし。
父の変化がどの程度両親の関係に影響があったのかはいまさらわからない。



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屋根に登るリス
宿直明けて仕事中、今朝8時過ぎ。
庭で一服していた時のこと。←あ、まだsmoker(^-^;)
お隣との境の塀の上をリスが一匹ぴょんぴょん跳ねながら
こちらにやって来る。
口には自分の体と同じくらいの大きさの木の枝をくわえてる。
バランスを上手くとりながらスタスタとすぐ傍に居た私には
目もくれずに・・。 
大変な大荷物で私どころではなかったみたい。

枝なんてキミはいったいどうするのだ?食べるのかい?と見ていたら
華麗なジャンプを見せてお隣のお家の雨樋のパイプに飛び移った。
そして、葉っぱ付きの枝をくわえて殆ど前(上?)が見えなそうなのに
実に器用にぐんぐんパイプを上に登って行き屋根の上に
たどり着いたところで見えなくなった。
リスが屋根の上に用があるなんて知らなかったのだけど。
冬場の食物倉庫か冬眠場所を作っているのだろうか。
屋根の上にどんな格好な場所があるのか覗いてみたくなった。

昼前もう一度庭に出たときにまたまた同じリスが塀の上に。
再度羨ましい位機敏な動きでパイプにジャンプしてさっそうと
上に登っていった。
今度は細かい枯れ草のたばを沢山口にくわえていた。
そうか、冬眠準備、もう始めちゃったのねぇ・・。
ちょっと気が早くない?

夏は何処へ行った


昨日の夕方。午後7時半前。
やっと晴れた空。

すでに秋の足音が聞こえる朝夕の冷え込み。
この時期夕暮れの空って何となくもの悲しい。

私が日本から帰ってきた日から天候が悪化して
それからと言うもの雨の日が多かった。
気温も20度すれすれの毎日。8月なのに!

家や木々のシルエットも濃く深く、真夏とは
全く違ったトーンに見えるから不思議。

もう一度くらい「暑い!」って言ってみたいけど。
無理かな・・

テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

従弟のこと。
今回また東京の母親代わりの叔母(亡き母の妹)のところに
お世話になった。
叔母の息子、独立して暮らしていたんだけどいろいろあって
仕事などのストレスでただ今休職中で実家に帰ってきている。
外にもあまり出られない毎日。
それでも私が到着した日、日暮里まで私のために出て来てくれて
お墓参りも一緒にしてくれてとても嬉しかったが
その後負担にならないように急いで帰った。

ここには書いてなかったけれど、今回の滞在の目的のひとつ。
叔母の息子の話し相手になること。そう決めていた。
彼とはいとこというよりかは姉弟か友達みたいな関係。
いつも日本に帰ると夫共々一緒に遊んでもらってたのだけど
休職して実家に帰ってるって聞いてとても心配していたから
実際にあって話を聞いたり一緒に時間を過ごせて本当に良かった。
私が日本に行くことが決まった直後に医者から休職するように言われた
そうなので良いことじゃないけどタイミングがあったのはよかった。
彼のことは改めて書きたいと思う。
お墓参りなど
日本から帰ってきてたったの10日足らず。
それなのに、それなのに・・・
滞在したこと、美味しいもの食べたこと、いとこ達と沢山話したこと・・
ものすごいスピードで過去の彼方へと遠ざかっているのが悲しい。

今回は兄とは連絡は取らなかった。
ロンドンから今度行くことになったという事はメールしたけれど。
短く4行くらいの返事が来た(苦笑)

到着した日には空港から日暮里まで電車で行って
そこで叔母といとこと待ち合わせて谷中にある母のお墓参りに行った。
日暮里の駅からお寺まで子供のときは結構な距離だと思っていたが
今歩いてみるとなんてことない。
夏場はいつもそうだったがお墓には蚊が沢山いて大変だった。

着いてすぐに、父の名前の入った新しめの法要の塔婆を見て
母のことでなく父のことを思った。
彼はどのくらいの頻度でここに来ているのだろうか。
もう彼と一緒にここにくることなんて多分無いのだろう。

あまりの蚊のすごさにそれから即退散を強いられてしまった。

お墓にいくと当たり前だけど母の近くに来たという実感がある。
お墓の下、すぐ手に届くところに母だった一部が眠っている。
死んでしまって何処かへ消えてしまっても彼女の一部はまだそこに
残っている・・とても不思議な気持ちになる。
余談
ご報告、というまでもない余談なのですが・・・
出掛ける前に疑問だった服装i.e.ブラ紐。
やはりみなさんに教えていただいた通りでした!
街中や電車の中などで観察した結果、
ロンドンよりかなり、紐見せてる人が少ないように思った、
っていうか殆ど見なかったです。
私くらいの年齢の女性、肩は見せていても紐は見えてない、絶対!
叔父の還暦祝いのためにみんなで那須の方に旅行に行ったとき
途中とても暑かった為見苦しかったかもだけど
ロンドン式で過ごしてました(* ̄m ̄)
お前腕が結構引き締まってるじゃんって叔母に褒められました(^^;;
ゴミ事情@CH
またゴミの話~!?・・スミマセン。

何故イギリスのゴミ・リサイクルシステムが遅れていると
思うのかと言うと、やはりスイスに長年生活していたから。
スイスのバーゼルで暮らしていかに、生活ゴミを減らして
リサイクル出来る物は出来るだけそうするという姿勢が
一般にごく普通に浸透していていたのにはとても感心しました。

ゴミ袋は市指定のもののみ。35リットル用10袋で当時で
税金込17フラン(日本円約1500円ちょっと)だった。
今現在は調べたら19フラン。約1800円也。
袋のサイズは3種類。もちろんそれぞれ値段は違います。

リサイクルもかなり徹底。古紙はもちろんきれいに紐で
結わいて指定の日に出します。
古新聞、雑誌、食品パッケージ。紙なら何でも殆どOK.。
ちゃんとまとまっていないと回収してくれません。
昔は紙袋に入れても良かったのだけど収集車に乗せてから
ばらばらになって落ちてしまい道路が汚れる(これがとても
スイスらしい!)ということで紐で縛ったものだけOKに。
イギリスのような各家庭用のリサイクル用ボックスはなかったけど
それぞれ街角のリサイクル回収コンテナに持って行きます。

ビン、ペットボトルもデポジット制になっているものが多く
買ったお店に持っていってデポジット一瓶につき何十円かを
返してもらうのです。
1本、2本で返しに行くのも億劫なのでかなりためてから
まとめてお店のデポジットビン、ボトル用の機械に入れに
持って行ってました。重たいからもちろん車で!
それが面倒くさくてコンテナに捨てていく人達も中にはいるようで
リサイクル所で割れずにいたデポジット付のビンをあさっている人達も
よく見かけました。
ビン用は透明ビン、緑ビン、茶色ビン3種類あって入れるところから
コンテナの底めがけてガシャンといちいち割れるように力を込めて!
そういう決まりなんだか、みんなそうしてたので従ってました。
缶用には入り口の傍に磁石がついていて缶がくっついたらココ、
つかなかったらアルミだから隣へ、みたいに分かれていました。
街角のリサイクル場所は音がうるさいので安息日の日曜には
使用禁止だったと思う。これもさすがスイス!

ヨーグルトもチーズ屋などの乳製品店で買えるものはビン入りで
もちろん回収してくれます。ふたの部分はアルミのリサイクルへ(笑)
金属、アルミも年に何度か回収日があってその日に向けて溜め込みます。

お店ではレジ袋は一切貰えません。買うことは出来ますが。
買い物には買い物袋として手提げやスーパーで売っている買い物袋用の
丈夫なビニール袋を持っていくのが当たり前。
野菜、果物も極力パッケージのないものが売られていました。
生野菜のくず、植物などのゴミはコンポスト所に持っていくか、
自宅の庭でコンポストにしている人が多かったです。
夏場はちょっと臭いが大変だけども。

洋服や靴はチャリティー団体が回収してヨーロッパの
恵まれない地域に送ったりしていたみたいです。
古家具など大型のゴミは税金込みの専用チケットを買って
それを張った上で回収日に家の外に出します。
以前まだ無料だった頃は回収日になると出された古家具目当てに
国境越えてフランスからバンで物色に来ているひとが結構居たな。
税金チケット導入前最後の回収日前日には今でも覚えているけど
街中どこもかしこもガラージセールみたいな雰囲気!
掘り出し物はないか私たちも近所を歩き回りました(笑)
その時見つけた木製の踏み台。今でも使ってます・・。

イギリスのようになんでもボコボコ捨てられないので煩わしいことも
ありましたけど同じヨーロッパでもこんなにも違うなんて。
堅苦しいスイスだけど堅苦しいなりに良いところもある!
ゴミ収集にもその几帳面さが現れていると思います。
再びゴミの話
先日の東京滞在で素晴らしいと思ったこと。
それは、ゴミの分別!
捨てるときに分けるということ。
ちと面倒だったのと同時に新鮮でした。
これは・・燃えるから、こっち!
これは・・プラスチックかなぁ?・・うーんと多分燃えると思うけど
イヤな煙が出そうだしぃ、ま、こっちかな・・
なんてふうに、いちいち捨てようと思ったものを手に持って(笑)
公共の場にあるゴミ箱も種類別にいろいろ分かれていて素敵ですね~。
日本もずいぶん変わりましたね。

それに比べてイギリスは・・・
分別ゴミというシステムはありません。
何でもかんでも一緒に捨てて楽だけど罪悪感。
焼却処分よりも埋め立て処分が圧倒的に多いようです。
どこか辺鄙なところに穴を掘って、何でも捨てちゃうという、ああ時代遅れ。
[再びゴミの話]の続きを読む
去年の今頃。
採用は決定していたものの仕事先からいつスタート、の連絡が来るのを
ひたすら待っていた。
今から思えばそんなに気をもむこともなかったような気がするが。
でも半年近く(!)も待たされたしあんまりいい経験だったとはいえない。
当時は信じられなかったが、あの遅れは本当にCRBチェックが警察から
返ってくるのが遅れたから、ということだったようだ。
採用の担当からも何度も謝られた。
どうしてあんなに遅れたのかといえば雇用先の手続きの不手際もあったが
警察側の言い訳は7・7テロ。ココでもそこに行き着く。
なんでも、人員総動員して捜査に当たったため、らしい。
そういえばCRBチェックにかかる費用の請求が来てないけど
あれだけ待たされたから団体の方で負担してくれることになったのだろうか。
誰かに聞いてみようかとも思ったがとたんに請求がくるかも知れないし
黙っていようっと(笑)

面接を受けるまで夫には殆どなにも教えてなかったんだっけ。
ソーシャルワーカーの夫、私が福祉関係で働いてみようかなって
言った時点でいろいろアドバイスしたがって、それが何だか鬱陶しくて(苦笑)
こうしたほうがいい、応募書類にはこう書いたほうがいい・・私の為を思って
エンドレスにくるであろう助言がかえって、私にはこんな仕事出来そうもないって
思ってしまうというかプレッシャーだったのかも。
ヒネクレテル部分が私にはある。
ずっと無職でいて迷惑かけて悪かったけど、私の判断で私だけの力で
仕事探ししてみたかったのだ。そのことは夫にはきっぱりと言った。
いろいろ助けてくれることが負担なの。悪いけど今は何も訊かないで。
ちゃんと探すから邪魔、いやいや、そっとしておいてねって(笑)
最初に応募したところ(現在の雇用先)で決まってしまったので
期間的には長くなかったが、一応サポートワーカーの仕事を探す、ということ
以外なにも知らされずにじっと私からの報告を待ってくれた夫。感謝している。
面接に行くことが決まっても夫が知っていたのは隣の区に本拠を置く団体で
サポートワーカーの仕事、フルタイム。それだけだった!
普通こういう仕事はどんな団体でクライアントはどういうグループで、とか
そのほかもちろん仕事の内容も重要なポイントなんだけど
それはぜんぶ伏せたまま。
秘密に出来ないB型の割にはよく黙りとおしたものだ、と思う。

一年
気がついてみたら、このブログを始めてから一年がとっくに過ぎていた!

一年前の記事はこちら。
8/22羊毛フレーバーの空気と共に。(☆追記あり☆8/26)
8/22Midges
差別?
スペインのマラガからイギリスはマンチェスターに飛ぶはずの
飛行機の乗客らが同乗していた二人のアラブ系男性旅客が離陸前に
不審な行動をしていたとしてテロリストではないかと疑いを持ち
彼らが降りない限り離陸は拒否、と言う行動にでたため
出発が3時間も遅れて、結局二人のアラブ系男性たちは飛行機から
降ろされてしまった、という事件があったと今日ニュースで見た。
差別だ、ひどい話だ、というのはアラブ系国民の反応だろう。
もっともだ。
不審な行動というのも、アラビア語で話していたり、腕時計を
頻繁に見ていた、そんな程度のものだったらしい。
もっともだ。見た目でそこまで判断するなんて、いけないよな。
でも。
でも、私がその場にいたら。
もし私が乗客の一人だったら。
やっぱり心配になって彼らとは一緒に旅行できないって思っただろう。
正直な話。

去年の7・7同時テロや私が日本から帰る直前にあったテロ未遂。
残された爪痕はそう簡単になくなるものではない。というかどんどん深く
大きくなっているようにも思える。
今回成田から英国系の航空会社で帰ってきたのだが同乗する人達を
無意識に見回して、怪しげなひとはいないか見てしまっていた。
幸い、といっては大変失礼だけれど昨今のテロリストのように見える人は
ひとりも見当たらなかった。
アメリカ行きではないからって標的にされる可能性はないことはないではないか。
成田という警戒されてないルートから・・とか余計なことを考えてしまったり。
これでもし何かあったら、それは私の運命なんだから仕方ないや、なんてことも思った。
だから、ヒースローに無事着いたときはとてつもなくほっとしたのだ。

私の日常生活の中でも通勤で使うバス。7・7以降。
「アラブ系男性」でしかも「リュックを背中に背負って」乗ってくるひとたち。
結構見かけるんだこれが。そのたびに心臓がキュンと引き締まった気がする。
まさか、まさかねぇ。こんなマイナーなバス路線でロンドン中心部にも
行かないから大丈夫、よねぇ?なんて不安は毎回よぎる。
どうしてアラブ系ってわかってながらわざわざリュックなんて持ってるんだ、なんて
その人の無意識をとがめたりして私も相当差別してるってことかな。
彼らにしたらいつもまわりからジロジロ見られて不愉快だろうし
迷惑きわまりないのに。

これは人種差別なのか。
胸を張ってそうだ、とは言えない自分が居る。
ロンドンに住んでいる以上、テロリストといつどこで隣り合わせになるか
わからないから警戒しているだけ、そうせざるを得ない、とも言えなくない。
失礼承知でこれからも続けていくだろう、偏見の眼差し。
肯定したくないが、かといって否定もきっぱりと出来ない。

もう後戻りは出来ないのかな。
アンモナイト化石
私が日本に行っている間の週末。
アンモナイトの化石がゴロゴロしている海岸の崖っぷちで
夫が趣味のクライミングしてきた。
一緒に行ったコスモが異様な匂いの物に体をスリスリしてしまったため
海で洗おうとして岩場を降りていったら沢山化石のかけらが
転がっていてびっくりしたそうだ。
当たり前だけど石だしすんごく重たいのにいくつか持って帰ってきた。


ひとつは夫の独断で庭石と化し(笑)




後は居間に放置してある。大きい方は40センチ位。




ちょっと調べたらアンモナイトって今から一億五千年くらい前に
生息していたもので貝というよりはタコかイカに近かったとのこと。
タコかイカねぇ。
こんなデカイのが・・こわい・・!


発掘協力者と記念撮影。





肉球トラブル



4週間ぶりに再会した彼。
ケアラーさん宅滞在中に前足の肉球をちょっと
ひんむいてしまいそれを本能で治そうとして
舐めてしまって治りが遅くなってしまっていたので
可哀相だけどこんなカラーを留守番の時や夜寝る時、
見守っていられない時は付けてもらっています。
塗り薬をつけると余計にぺろぺろしたがるので欠かせません。
肉球の怪我は2度目です。林の中とか平気で走り回るから
仕方ないことかもしれませんが・・

このカラー、スイスで獣医さんに去勢手術のときにもらった物。
ってことはもう9年くらい使っているのか!
もう何回いろんな事で使ったかわかりませんが
彼にもお馴染みなアイテムらしく着ける時も全く抵抗なし。
いやだけど仕方ないねぇ、もう少しの間は・・

テーマ:■MIX犬■ - ジャンル:ペット

休暇の終わりに・・
日曜午後遅くに帰宅して予定では月、火と休みだったので
すぐに仕事を始めなくてもよいという贅沢な気分にひたりつつ
明けた月曜朝。
朝寝坊してゆっくり朝食の後携帯のスイッチを入れると
留守電メッセージがある知らせ。
5件くらいあって全て職場から!
なになに、なんだよ~水曜までほっておいてよ~と思っていると
家の電話が鳴って番号表示を見てみたら・・職場( ̄o ̄;)
当然のごとく居留守を使った。いや~な予感がしたけど留守電サービスに
残されているだろうメッセージを聞く気にもならずにいると
あらら、夫が代わりに聞いている。
何だっての?と聞いても教えてくれない。全部聞き終わってからの夫より
仕事場のAさん(シニアサポートワーカー)からだよ、シフト交換が何たら言ってたよ
気の毒だから(私が)教えたくなかったんだよ・・と思いやりあるお言葉。
私もメッセージを聞いていや~な予感はますます増長。 
水曜のことを言っているのかな?
そ・れ・と・も・・? 
今日は電話なんてするな、無視しろ!って夫が言ってる(笑)

[休暇の終わりに・・]の続きを読む
無事帰宅
なんだか、過ぎてしまえばあっという間の2週間。
半年前に一度行っていたからか、何処へ行きたい何したい、みたいな
ことがそんなになくて毎日のんびりな地味な滞在(笑)でした。
ひとこと東京の夏。湿度は流石ですねぇ。夜ももわ~っとしていて
外で涼んでもいいかと思えば蚊が多くてだめ、とか(笑)
お土産話なんてものもたいしてないのですが、それはまたゆっくりと。

ロンドンに帰ってきたのは日曜午後。
その2,3日前にあったイギリスのテロ未遂事件。
ヒースロー空港の混乱ぶりなどを日本のテレビや夫の電話で知って
どうなることかと心配しましたがロンドン着だったため荷物制限もなく
降り立った空港も予想に反して実に平穏ですんなり出てこれちゃいました。
そうそう、前に書いた瞳の虹彩写真をIDとして入国審査に使用するという
IRISシステム。発つときに登録しようと思ったのですがなんと!
年間少なくとも6回は海外に出ている人以外は登録してもデータのムダに
なるというしょうもない理由で登録出来ませんでした。
で、帰ってきたときの入国審査。緊急体制のせいでさぞかし列も長いんだろうな
と飛行機から降りて早歩きで向かったお陰か殆ど待たずに通過することが
出来たのは良かったです。

審査室で並んでいたとき注意があったのですがなんでも階下のバゲージ
クレーム(預かり荷物を受取る所)のあたりで火災警報器が鳴っている為
安全が確認されるまでは出口が閉鎖されてます、とのこと。
あと少しで外に出れるのにまさか?!とため息つきながら
下に降りて行ったら避難するでもなくぼーっとつっ立っている旅行者で
混雑してました。鳴り続けるアラームの中なんだか気抜けしてしまった。

その後すぐにカスタムを通過して出口を通り抜けたら何とまあ凄い数の出迎えの人。
夫とは数日前に電話で空港周辺には近寄れないかもしれないということで
地下鉄で少し行ったところのとある駅前で待ち合わせになっていたのですが
一応着いたと連絡しようと公衆電話を探そうと歩いていたら
私の名を呼ぶ声がして振り向いたらそこには日焼けした夫が立ってました。
また週末コスモ連れでクライミングに行っていたそうです。
時間に余裕があったので空港まで来て見たら駐車場付近も平常どおりだったそう。
ニュースで見てどんなに大変なことになっているかと思ったけれど到着ロビーは
普段と変わらず、でした。
そのあとコスモと一ヶ月ぶりに駐車場で感動のご対面!のはずが
二日間出歩いていた疲れからか車の中で爆睡中のところを起こされて
怪訝な表情のコスモ。寝ぼけ眼での再会。
日本では従妹夫婦の飼っているビーグル犬とよく会っていたので
自分の犬ながらやけにデカく見えた!

とりあえずまた2人+1匹の生活が始まりました・・。
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