叔母家族と一泊二日で旅行した時。
泊まったバンガローのトイレに入るとトイレットペーパーの先が
三角に折ってあった。
欧州でもホテルなどはそうなのかも知れないがめったに
そういうところには泊まらないのでわからない。
滞在中その他いろいろな場所のトイレで三角折りを目にした。
清掃係のひとがしているのだろう、と思う。
いちいち自分が使った後でそうしている人、あまりいないのでは?
大和撫子もそこまでしなくても、良かったと思ったけど?(笑)
とにかく。今回日本でそれを見てふと思い出したことがあった。
私の父は定年まで銀行に勤めていた。支店長として富士山の近くの
とある市に2年程単身赴任していたことがあった。
社宅暮らしで週末に横浜郊外の実家に車を飛ばして帰ってくる生活。
私は中学生だったろうか。一緒に住んでいても父は仕事人間で
毎晩帰宅も遅かったし子供たちは単身赴任中もそれほど違和感なく
過ごしていたと思う。
母は行ったり来たり大変だったみたいだけど。
小さな市とはいえ都市銀行の支店長、一応街の名士として
まわりからちやほやされることも多くそのせいで父が変わってしまった、
偉そうな我侭な人になってしまったって母がこぼしていたこともある。
それまでも仕事に対するプライドは高かった人なのでそういう「更なる変化」が
父にあったとしても別に驚くことはなかったが。
母だって学歴は無かったが精一杯出世の階段を登り詰めた父のことが
誇らしかった気持ちの方が大きかったと思うし。
父の変化がどの程度両親の関係に影響があったのかはいまさらわからない。
ある時。夏休みだっただろうか。
そこらへんの記憶は定かでないのでひょっとしてこの部分は
フィクションかも知れないが、母と私で社宅に何週間か滞在する為
電車で赴任先に向かったことがあった。
何時間も電車に揺られて最寄り駅からタクシーで社宅に。
着いてからトイレに入った母。すぐ出てくるなり
「何なの、これ?誰がこんなことするのよ!」
怒ってるというか動揺してるというか。何があったのか聞くと
トイレットペーパーが三角に折ってある、と。
自宅でこんなことするひとはいない、というか父はこんなこと何処でも
する訳がない、仕事の部下か取引先のひとがちょっと寄ったからって
「男性」はしないことだと。
お掃除を誰かに頼んでいたわけではないし、これはもう決定。
父が誰か女性を社宅に連れてきた、という証拠だと。
「無意識にこんな事する人って多分水商売の人じゃないの?!」
母の疑心は収まらず。
言っておくが父はそれまで浮気とかそういう女性がらみのハナシも
素振りも一切なかった。
仕事人間としてそういった不祥事は会社人生の命取りだったから
(という話だった)その辺は母も絶対的に信頼していたみたい。
そういう会話が出来る年になってから母からも何回も聞いたことがある。
当時、初心な中学生としてはいきなりふって沸いた「大人の事件」に
戸惑ったと同時に、第三者的に真相を明らかにしたいという
探究心みたいなものでいっぱいになった。
父のことは日ごろから冷めて見ていたのでやっぱり父はズルイ、
母可哀相、みたいに率直に思った。
そして父帰(社)宅。
「あれ?そうだったの?いや〜どうしたんだか・・」
完全にとぼけているのか本当にどうしてそうなったのか解せないのか
何回訊いても同じようなことを繰り返していた。
結論。女性の来客はなかったそうだ。へぇ〜そうぉ?
父の欠点として、というか父の年代の男性の多くに当てはまる点として
「つかみどころがない」「何を考えているかわからない」「会話にならない」
ところが挙げられると思う。
父の言い分は私の記憶にあまりないのだけど、確か男性の来客はあった、
心当たり全然なしという、ちょっとそれを信じろって方が無理!という内容。
中学生の子供だった私には父の本心は、つかみどころなし仮面の下に
隠されて、読めなかった。今だったら出来たのだろうか?
父は疑いを持たれて怒るでもなく、いたって普通な素振りだったのを覚えている。
母もそれからその話をぶり返すことはなかった。
娘の私の目の前で、夫婦の会話も出来なかったのかもしれないが
あの後話し合いがあったのかどうか。
その後単身赴任から帰ってもひとつふたつ父の疑惑事件があったのだ、実は。
その当時どんなでも母が逝くあたりのころは仲良し夫婦であったと願いたい。
今となっては真相はわからないけれど。
そのうち書いてみようかな。
心の整理整頓になるかしら。