This Category : 家族
お義姉さま訪英決定・・・
してしまった・・。ぐぅぅ。
一度、一年前に決まりそうになって(そのときのもやもや日記はこちら)目前で
立ち消えたハナシが今年に入って再浮上。
義姉がなかなか決心がつかずに引きずっていたのだ。
ずっと行くって言っていて6年経っちゃっていい加減後ろめたいから決めた、
みたいなのはこっちもあんまり手放しに嬉しくはないよ。
義姉にとってロンドンは大都会で、うるさくって全然魅力を感じないらしいというか
はっきりいって来たくないみたいだった。
子供たちも小さいし、無理しなくてもこっちからスイスに行けば、夫だって
年に何回も帰ってるし(飛行機で一時間半だもん、いいよー)その時に会えれば
いいじゃないか、とも思っていたのだが。
ついに。
揺るがない現実となった(大げさ?)。
一ヵ月後のイースター(復活祭)休暇を利用して来るって。
パートナーはドイツに出張で来れないので、彼女ひとりで子供ふたり連れて来るそうだ。
上の子は5つくらいだからダブルデッカーに乗ったり、それなりにハイライトもありそう。
下の子はもっと小さいからロンドンに来てもあんまりわからないだろうし
大変だろうがやっぱり数日でも預けるわけにもいかないんだろうな。
といっても、心配の種は子供たちではない。
義姉はもとからすんごく神経質だし、完ぺき主義なとこもあるから扱いには気を使う。
スイスで新婚時代にはほんとうに腫れ物を扱うようにアツカワなければならず
今思い出しても胃がしめつけられる気がする。
夫はといえば弟だから、同じ親出身(?)だからいろいろ考えなくてもいいけど。
いろいろなパターンに応じてどのように対応するか先天的にも後天的にもインプット
されてない私。一緒に育った、住んだからわかってることって大きい。
ひとりだけ浮いてしまうかもしれない。あーいやだなー、もう、仕事入れちゃおう!
っと今年のイースター休暇は働きまくることにした(笑)
自己防衛手段があって良かった。
あんまり、数日間とはいえ、彼女流を持ち込まないでくれるといいんだけど。
私の家に泊まりに来るんだから、郷に入っては郷に従えっていうもんだぃ!
なんて思ってみたり、いや、数日間だから、ほっときゃいいか、とも思うし。
夫の話によると育児にたいしても完璧を求めて自分に要求しすぎて
自分で疲れてしまっている部分も多いらしい。
せっかく家を離れて来るんだから、数日間、リラックスして、くださいよっ。
良い状態の時の彼女は好きなんだけどな。
パートナーか、もしくは義母と一緒に来るはずだったのに。
義姉と、夫と、私。もうひとり、誰か間に入ってくれる人がいれば楽だったのに。
義母は義姉よりさらに輪をかけて神経質なところもあるひとだが
義姉の短所がよくわかっているので、もしものときにはカバーしてくれるかもしれない
という期待がもてるのだ。それに義母は、アタシはあなたたちのお母さんよ、っていう
スタンスだから私との対立?もないのだけど、義姉はそうはいかない。
パートナーの娘3人とただ今家庭内でかなりいろいろ問題があること、パートナー
との子供二人の育児の上での考え方の違いとかで、彼との間もぎすぎすしているらしい。
義姉の性格として彼女のパートナーに求められないこと、精神的サポートで物足りない部分は
弟である夫や義弟に求めてくる傾向が強い。
かなり前だけど彼女の弟の妻である私も動揺するほどべったりしてきたりしたこともある。
もし、彼女がうちに来てそんな感じだったら、私はどうしたらいいのだ〜。
彼女のパートナーもわかっているからなのか、自分が行ったってお邪魔虫だよ
みたいなことを夫に話したらしい。彼(パートナー)が来ないのも残念だ。
立場が同じひとがいてくれたらどんなに助かるか!
何でも分かり合っているはずの夫とだって、義姉問題は難しいテーマ。
夫婦喧嘩になるのは簡単だ。文化の違い、を切実に感じる。
義姉に気を使うが故に私に対して無理言ったり、新婚時代は大変だった。
いまだに、引きずってるもの。トラウマというんだろうか、これが。
春の訪れを祝うイースター。いつもの年はイースターバニー(主にチョコ!)が
出回ってるんるん♪な雰囲気だけど、今年はちょっと、いや、かなり気が重い。
どうか、私の心配が取り越し苦労で終わりますように。
Category : 家族
また逢う日まで
ロンドン市内観光に明け暮れた叔母といとこ達の滞在も
無事終わって、再びふたりの生活。
着いてすぐロンドンにも初雪が降った。テンプレの写真は
このときのもの。朝7時くらいに目覚めて写真撮っちゃった(^-^;)
その後は雨は降らなかったしマイルドな陽気で観光にはまあまあだったのが良かった。
お陰でビッグベンとか、バッキンガム宮殿とか大英博物館とか
住んでいると滅多に近寄らないがしかしこれぞロンドン
という超観光スポットに沢山行ってきてしまった(苦笑)
よかったこと、楽しかったことはもちろん全て、とも言えるが
私的に大いなる収穫がひとつ、ふたつ。
ひとつめは、叔母がとてもロンドンが気に入ったこと。
来る前まで電話でも 「アタシ、イギリスの田舎の風景とかは
惹かれるけど、ロンドンはぜんぜん興味ないのよね〜」
と非常に冷たく言い放っていたにもかかわらず
いざ来てみるとまるで少女のようにどこを見てもうわ〜素敵、きれい♪
を連発してた(笑)
ロンドンをただの大都会で殺風景なコンクリートジャングルだとでも
思ってたようなのはわかっていたから何とかロンドンについて
再認識してほしかったのだけど、空港からの車の中でもうすでに、うわ〜♪
だったのにはわたしもちょっと意外というか肩すかしで思わずにんまり(笑)
ふたつめは従弟がひとりで北ロンドンにあるカムデンのマーケットに行ってきたこと。
北米に一年居た経験もあり、日本人にしたら英語は出来る方だから
言葉では心配はなかったがかなりよくなってきたとはいえ
うつ病をわずらう彼は人ごみが苦手。
外国の知らない街で沢山の人ともみくちゃになる恐れのある地下鉄を
使って買い物に行くなんて日本に帰っても絶対に自信につながる
出来事、achievementだったと思う。
滞在最初のころ地下鉄に乗ったときはちょうど土曜日で凄い混みようで
倒れるんじゃないかと思うくらい辛そうだった。
私まで見ていて気分悪くなっちゃったし。
カムデンには最初皆で行ったのだけどもう一度ゆっくり買い物がしたい
ということで一人行きが実現。
叔母は当たり前だけどとても心配して一緒に行きたがったが
買い物には興味ない人と行ってもゆっくり見れないじゃないと
主に従妹が説得した。彼女が3人の中でも一番大人な気がする。
もしものときのために、紙に私たちの携帯番号と緊急時には連絡して
くださいって英語で書いて従弟に持たせた。
帰国する時、あまり使えなかったし、もういらないからと置いて行った
ロンドンガイドブックからその紙を抜き取って
「おまもり!」と言って自分の荷物に入れてた。
帰ってから電話したら、自分にはもっともっとできる事があるんだ、あったのだ、という
再発見の滞在になった、みたいなことを話してくれた。
その通りだよ。
自分を信じて、一歩一歩進んでいってって伝えたかったけど、
励ましたかったけど、胸がいっぱいで言えなかった。
一日だけ小旅行をしてロンドンから南にずっと下って、海岸線にある
Seven Sistersという白い石灰石の崖のある観光名所に行ってきた。
着いたらちょうど海に夕日が沈むころ。
夕日が白い崖に反射してまるで崖全体が淡い金色に光っているようだった。
初めて行った訳ではなかったがその美しさに鳥肌!


楽しいことには限りがある〜。また次回まで!今度は東京で逢おう。
無事終わって、再びふたりの生活。
着いてすぐロンドンにも初雪が降った。テンプレの写真は
このときのもの。朝7時くらいに目覚めて写真撮っちゃった(^-^;)
その後は雨は降らなかったしマイルドな陽気で観光にはまあまあだったのが良かった。
お陰でビッグベンとか、バッキンガム宮殿とか大英博物館とか
住んでいると滅多に近寄らないがしかしこれぞロンドン
という超観光スポットに沢山行ってきてしまった(苦笑)
よかったこと、楽しかったことはもちろん全て、とも言えるが
私的に大いなる収穫がひとつ、ふたつ。
ひとつめは、叔母がとてもロンドンが気に入ったこと。
来る前まで電話でも 「アタシ、イギリスの田舎の風景とかは
惹かれるけど、ロンドンはぜんぜん興味ないのよね〜」
と非常に冷たく言い放っていたにもかかわらず
いざ来てみるとまるで少女のようにどこを見てもうわ〜素敵、きれい♪
を連発してた(笑)
ロンドンをただの大都会で殺風景なコンクリートジャングルだとでも
思ってたようなのはわかっていたから何とかロンドンについて
再認識してほしかったのだけど、空港からの車の中でもうすでに、うわ〜♪
だったのにはわたしもちょっと意外というか肩すかしで思わずにんまり(笑)
ふたつめは従弟がひとりで北ロンドンにあるカムデンのマーケットに行ってきたこと。
北米に一年居た経験もあり、日本人にしたら英語は出来る方だから
言葉では心配はなかったがかなりよくなってきたとはいえ
うつ病をわずらう彼は人ごみが苦手。
外国の知らない街で沢山の人ともみくちゃになる恐れのある地下鉄を
使って買い物に行くなんて日本に帰っても絶対に自信につながる
出来事、achievementだったと思う。
滞在最初のころ地下鉄に乗ったときはちょうど土曜日で凄い混みようで
倒れるんじゃないかと思うくらい辛そうだった。
私まで見ていて気分悪くなっちゃったし。
カムデンには最初皆で行ったのだけどもう一度ゆっくり買い物がしたい
ということで一人行きが実現。
叔母は当たり前だけどとても心配して一緒に行きたがったが
買い物には興味ない人と行ってもゆっくり見れないじゃないと
主に従妹が説得した。彼女が3人の中でも一番大人な気がする。
もしものときのために、紙に私たちの携帯番号と緊急時には連絡して
くださいって英語で書いて従弟に持たせた。
帰国する時、あまり使えなかったし、もういらないからと置いて行った
ロンドンガイドブックからその紙を抜き取って
「おまもり!」と言って自分の荷物に入れてた。
帰ってから電話したら、自分にはもっともっとできる事があるんだ、あったのだ、という
再発見の滞在になった、みたいなことを話してくれた。
その通りだよ。
自分を信じて、一歩一歩進んでいってって伝えたかったけど、
励ましたかったけど、胸がいっぱいで言えなかった。
一日だけ小旅行をしてロンドンから南にずっと下って、海岸線にある
Seven Sistersという白い石灰石の崖のある観光名所に行ってきた。
着いたらちょうど海に夕日が沈むころ。
夕日が白い崖に反射してまるで崖全体が淡い金色に光っているようだった。
初めて行った訳ではなかったがその美しさに鳥肌!


楽しいことには限りがある〜。また次回まで!今度は東京で逢おう。
Category : 家族
昨日は・・
昨日(2日)は結婚記念日だった。
去年はスイスレストランに行ったが今年は家でお寿司の
デリバリーを頼んで夫はビール、私は日本茶入れて
地味に静かにお祝いした。
去年で13年過ぎたとずっと1年間思い込んでいたのだけど
(去年の日記にもそう書いてある!)
スイスの市役所でもらった証明書には1993年とあることを
今夜発見。そっか、今年で13年、なのね。
結婚指輪、かなり前にきつくなったのでハズシタ。
何かカチカチ当たって邪魔だし(笑)
そういえば夫もしていない。私と同じで指が太ったそう。
何で今更そんなこと聞くのみたいな顔してた夫。
あ、そういえばどこいったかなぁってよせばいいのに
探し始めた。・・・ちょっとあせりつつうろうろ探して
ようやく引き出しから発掘し安堵。
してみようと試みたがほんとだ、きっつきつで無理。
直してまでしようと思わない私たち。
この先だいじょうぶか?!なーんてね(笑)
14年目も宜しく頼むよ〜!
去年はスイスレストランに行ったが今年は家でお寿司の
デリバリーを頼んで夫はビール、私は日本茶入れて
地味に静かにお祝いした。
去年で13年過ぎたとずっと1年間思い込んでいたのだけど
(去年の日記にもそう書いてある!)
スイスの市役所でもらった証明書には1993年とあることを
今夜発見。そっか、今年で13年、なのね。
結婚指輪、かなり前にきつくなったのでハズシタ。
何かカチカチ当たって邪魔だし(笑)
そういえば夫もしていない。私と同じで指が太ったそう。
何で今更そんなこと聞くのみたいな顔してた夫。
あ、そういえばどこいったかなぁってよせばいいのに
探し始めた。・・・ちょっとあせりつつうろうろ探して
ようやく引き出しから発掘し安堵。
してみようと試みたがほんとだ、きっつきつで無理。
直してまでしようと思わない私たち。
この先だいじょうぶか?!なーんてね(笑)
14年目も宜しく頼むよ〜!
Category : 家族
三角折りの謎
叔母家族と一泊二日で旅行した時。
泊まったバンガローのトイレに入るとトイレットペーパーの先が
三角に折ってあった。
欧州でもホテルなどはそうなのかも知れないがめったに
そういうところには泊まらないのでわからない。
滞在中その他いろいろな場所のトイレで三角折りを目にした。
清掃係のひとがしているのだろう、と思う。
いちいち自分が使った後でそうしている人、あまりいないのでは?
大和撫子もそこまでしなくても、良かったと思ったけど?(笑)
とにかく。今回日本でそれを見てふと思い出したことがあった。
私の父は定年まで銀行に勤めていた。支店長として富士山の近くの
とある市に2年程単身赴任していたことがあった。
社宅暮らしで週末に横浜郊外の実家に車を飛ばして帰ってくる生活。
私は中学生だったろうか。一緒に住んでいても父は仕事人間で
毎晩帰宅も遅かったし子供たちは単身赴任中もそれほど違和感なく
過ごしていたと思う。
母は行ったり来たり大変だったみたいだけど。
小さな市とはいえ都市銀行の支店長、一応街の名士として
まわりからちやほやされることも多くそのせいで父が変わってしまった、
偉そうな我侭な人になってしまったって母がこぼしていたこともある。
それまでも仕事に対するプライドは高かった人なのでそういう「更なる変化」が
父にあったとしても別に驚くことはなかったが。
母だって学歴は無かったが精一杯出世の階段を登り詰めた父のことが
誇らしかった気持ちの方が大きかったと思うし。
父の変化がどの程度両親の関係に影響があったのかはいまさらわからない。
泊まったバンガローのトイレに入るとトイレットペーパーの先が
三角に折ってあった。
欧州でもホテルなどはそうなのかも知れないがめったに
そういうところには泊まらないのでわからない。
滞在中その他いろいろな場所のトイレで三角折りを目にした。
清掃係のひとがしているのだろう、と思う。
いちいち自分が使った後でそうしている人、あまりいないのでは?
大和撫子もそこまでしなくても、良かったと思ったけど?(笑)
とにかく。今回日本でそれを見てふと思い出したことがあった。
私の父は定年まで銀行に勤めていた。支店長として富士山の近くの
とある市に2年程単身赴任していたことがあった。
社宅暮らしで週末に横浜郊外の実家に車を飛ばして帰ってくる生活。
私は中学生だったろうか。一緒に住んでいても父は仕事人間で
毎晩帰宅も遅かったし子供たちは単身赴任中もそれほど違和感なく
過ごしていたと思う。
母は行ったり来たり大変だったみたいだけど。
小さな市とはいえ都市銀行の支店長、一応街の名士として
まわりからちやほやされることも多くそのせいで父が変わってしまった、
偉そうな我侭な人になってしまったって母がこぼしていたこともある。
それまでも仕事に対するプライドは高かった人なのでそういう「更なる変化」が
父にあったとしても別に驚くことはなかったが。
母だって学歴は無かったが精一杯出世の階段を登り詰めた父のことが
誇らしかった気持ちの方が大きかったと思うし。
父の変化がどの程度両親の関係に影響があったのかはいまさらわからない。
Category : 家族




